沢木耕太郎『敗れざる者たち』イシノヒカル、おまえは走った!

競馬関連本

二十代の頃、沢木耕太郎が好きで色々と読んだ。たまたま行った書店でサイン会をしていてサインを書いてもらったこともある。おそらく最も有名で代表作であろう『深夜特急』ももちろん読んだけれど、私にはピンとこなかった。私が好きなのは『バーボン・ストリート』、『チェーン・スモーキング』などの初期のエッセイと『敗れざる者たち』、『檀』、『凍』などのノンフィクション、他には『人の砂漠』、『彼らの流儀』なども好きだ。

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沢木耕太郎『敗れざる者たち』

沢木耕太郎『敗れざる者たち』(文春文庫)は、スポーツノンフィクションと言ったらよいだろうか、収録作の中に「イシノヒカル、おまえは走った!」という競馬ノンフィクションがある。

 

『敗れざる者たち』収録作のタイトルは以下の通り。

 

「クレイになれなかった男」
「三人の三塁手」
「長距離ランナーの遺書」
「イシノヒカル、おまえは走った!」
「さらば、宝石」
「ドランカー<酔いどれ>」

 

ボクシング、野球、マラソン、競馬のノンフィクションとなっている。

イシノヒカル、おまえは走った!

「イシノヒカル、おまえは走った!」の初出誌は、「調査情報」昭和47年8月号となっている。

昭和47年というと、沢木耕太郎は、まだ駆け出しのルポライターなのだが、「イシノヒカル、おまえは走った!」は、何とその年の日本ダービーに出走するイシノヒカルを管理する浅野厩舎に住み込んで書かれた作品なのだ。

 

日本ダービーが、天皇賞にも有馬記念にもない熱気を生む理由のひとつは“たった一度”を持ちうるものへの人々の羨望が、乱反射するからにちがいない。
そして、ぼくがすでにその熱気の渦中にあるイシノヒカルのいる浅野厩舎に住み込んだのは、七月一日のことであった。

 

競走馬にとってダービーに出走するだけでもすごい事なのだが、イシノヒカルは皐月賞2着馬で、ダービー有力馬の1頭。そんな馬の管理厩舎に、ダービー直前という大事な時期に競馬に関しては素人である著者が住み込むことを許可するだなんて、当時は大らかだったのだろうか。

 

馬房に入れられたイシノヒカルを、つくづくと“鑑賞”していたら、向中野さんに怒鳴られた。
《いつまでも馬の前に立ってんじゃないよ!》
人間に立たれると何か食べ物をくれるのではないかと思って、自分のカイバを食わなくなってしまうのだそうだ。人間の与える人参や青草などは、少しも栄養がない。“おやつ”といった程度のものなのだ。そればかり食って、カイバを食わなかったら確かに大変だ。もっとも後で他の馬丁さんに聞くと《なあに、ダービー前だからイライラしてるにすぎないのさ……》

 

担当厩務員である向中野さんからすれば、ダービーを間近に控えたイシノヒカルの周りを見慣れぬ人間がうろうろするというのは、あまり好ましいことではなかったろうと私は思うのだが。

 

つい最近読んだ山口瞳・赤木駿介『日本競馬論序説』の赤木駿介さんの名前が出ていることに気付いた。

 

そういえば、昨日も、外車に乗ってピンクのパンタロンをはいた赤木駿介が取材に来ていた。ちょうど浅野さんは仕事中だったので、区切りがつくまで赤木を待たせた。赤木はイライラしているようだった。浅野さんがきてやっとインタビューを開始したと思ったら、もう終っていた。帰りしなにちょっと馬房に寄って、取材完了。待たされた時間=三十分、取材時間=二十分、馬を見た時間=五分。競馬評論家の取材などこの程度のものであったのか。ユメユメ予想を信じるまい、と思ったことである。しかも、これが新聞一頁の対談記事となったのには、驚きを通りこしてゲンナリした。

 

まず「外車に乗ってピンクのパンタロンをはいた」とわざわざ書くところにちょっと悪意を感じる(笑)。それに赤木さんが取材に来たのはダービー週の月曜。長々と取材はしないだろうし、それこそ馬房で馬を長時間見たりはしないだろう。もしかしたら、若かりし頃の沢木さんこそ何かに苛立っていたのではないか。ちなみに沢木さんは1947年生まれ、赤木さんは1929年生まれ。

 

山口瞳・赤木駿介『日本競馬論序説』競馬の原点はパドックにあり
山口瞳と競馬評論家・赤木駿介の共著『日本競馬論序説』を読んだ。直木賞作家であり名エッセイストである山口瞳の文章が面白いのはもちろん、赤木駿介の文章も面白く読んだ。

 

久しぶりに「イシノヒカル、おまえは走った!」を読み返したのだけど、その前に寺山修司の『馬敗れて草原あり』を読み返したこともあって気付いた。「寺山修司によれば」という前置きで『馬敗れて草原あり』に書いてあるダイコーターとキーストンの話から引用していることに。ダイコーターの栗田騎手がキーストンの山本騎手に言ったというあの《俺はダイコーターでキーストンには負けない。しかし、俺がもしキーストンにのり、おまえがダイコーターにのったら、俺はキーストンでも勝てるよ》という言葉もそのまま引用されていた。

 

寺山修司『馬敗れて草原あり』人はなぜ競馬に熱中するのか?
寺山修司『馬敗れて草原あり』(新書館)を読んだ。この本を初めて読んだのは大学生の時で、当時、私が持っていたのは角川文庫だった。寺山修司の競馬エッセイは詩的で、叙情的で、競馬への愛が溢れている。他の誰にも真似できないだろうと私は思う。

 

イシノヒカルの馬主・石嶋清仁氏がイシノヒカルの購入を決めた時のエピソードがいい。

 

石嶋は写真も実物も見ずにオーケーした。
《私には馬がよくわからない。しかしあなたは馬に一生をかけた人だ。そのあなたが走るというのだから信じましょう。馬を買うんじゃない、浅野さん、あなたを買うんだ》

 

迎えた第39回日本ダービー当日。加賀武見騎手が騎乗するイシノヒカルは、出走馬全27頭中4番人気に推される。

 

ひと塊りの黒い馬群が、四コーナーを回り切った。直線。先行するタイテエムの内にロングエース、外にランドプリンスが並ぶ。四コーナーで十番手にあがったイシノヒカルは、大外を回って、それでも直線で六番手に進出した。追い込みだ。加賀のムチが入る。
———さあ、追いつくのだ!

 

イシノヒカルは、6着に敗れた。勝ったのは、武邦彦騎手騎乗の1番人気ロングエースだった。

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