山口瞳・赤木駿介『日本競馬論序説』競馬の原点はパドックにあり

競馬関連本

私は、地方競馬には詳しくないけれど、作家・山口瞳が全国公営競馬27カ場を巡る『草競馬流浪記』が好きで、折に触れて読みかえしている。

私が『草競馬流浪記』の文庫本を購入したのは十数年前になるのだけど、当時すでに絶版であったため古本を買った。なお、現在は電子書籍化されているのでAmazonで高値の古本を買わなくてもKindle版を購入して読むことができる。

スポンサーリンク

山口瞳・赤木駿介『日本競馬論序説』

山口瞳と競馬評論家・赤木駿介の共著『日本競馬論序説』もいずれ読みたいと前から思っていたけれど、こちらも絶版、しかも現時点では電子書籍化されていない。

仕方がないので古本の文庫を購入した。『草競馬流浪記』と違って『日本競馬論序説』の文庫の古本は安い。ネットで古本を買うと、状態に関して当たり外れがあるが、幸いにも私が買った文庫本は平成3年発行にしては状態は悪くなかった。

 

『日本競馬論序説』(新潮文庫)は、5つの章からなる。

 

・僕の競馬健康法 山口瞳
・対談 パドック党宣言パートⅠ 山口瞳・赤木駿介
・競馬をトータルに楽しむ法 赤木駿介
・対談 パドック党宣言パートⅡ 山口瞳・赤木駿介
・僕の馬券戦術 山口瞳

 

直木賞作家であり名エッセイストである山口瞳の文章が面白いのはもちろん、赤木駿介の文章も面白く読んだ。

競馬の原点はパドックにあり

『日本競馬論序説』の最初に収録されている山口瞳が書いた「僕の競馬健康法」に府中競馬場で赤木駿介に会った時のエピソードがある。

赤木さんは、シンボリルドルフが勝った前年(1984年)のダービーで出走馬21頭中ブービーの20番人気だったスズマッハの単勝1万円、複勝2万円を買っていた。2着に敗れたスズマッハの複勝の配当は1140円。山口さんが「スズマッハの根拠を教えてください」と言うと、赤木さんは「まあ、いいから、ついてきなさいよ」と言って歩き出した。向かった先は、府中競馬場四階にあるパドックを見おろせるテラス。

 

「なんだ、パドックか」
赤木さんの背中越しに言った。
「そうです。パドックの馬をナマで自分の目で見る。これしかありません。三十年競馬をやっていて、やっとわかったんです。お恥ずかしい話ですが……」
「いつも、ここで見るんですか」
「そうです。どこでもいいんですが、同じ場所で見たほうがいい。私は、ここに決めているんです」
一階まで降りて、もっと近くで見るという方法もあるが、そこへ行くまでの距離がありすぎるし、そのあたりは混雑する怖れもある。
「何を見たらいいんですか。後肢の踏み込みですか」
「それは大事なことです。しかし、それだけじゃないんです。もっと大事なことは、パッと見た感じなんです。何か訴えてくるものがあるでしょう。力強さとか悠揚迫らずとか、そういう感じ方なんですよ。ひとつ言えることは、私は毛艶を重視しないんです」
彼は鋭い目つきで一頭ずつ見ていた。これが専門家の目なんだなと思った。彼は、競馬新聞を持っていなかった。ひたすら裸の馬だけを見ていた。もっとも、彼ぐらいになれば、馬を見ただけで、それが何という馬だかわかるはずである。

 

赤木さんは山口さんにこうも言う。

 

「いちがいに、どこがどうだっていうことは言えないんですよ。勘なんですよ。勘ということは大事です。何万頭という馬を見ていれば自然にわかってくるとしか言いようがないんです。だから私は馬体重なんか気にしないんです」
騎乗合図がかかった。
「ジョッキーが馬に乗る瞬間というのも大事なんです。この頃、ベテラン騎手がパドックに出てこないということが多いんです。地下の通路で待っているんですね。けしからん話です。……さあ、行きましょうか」
赤木さんが、また、僕を引っ張っていった。ゴンドラ席へ行く階段の下あたりで彼の足が止まった。
「このね、この、馬が本馬場へ足を踏みいれる瞬間の感じというのも、よく見ておきたいんですよ」

 

「私は馬体重なんか気にしないんです」ときっぱり言う赤木さん。私はこれまで馬体重を気にして何度も失敗しているけれど、時間が経つと、そのことを忘れて同じ失敗を繰り返してしまう。馬体重の増減を数字で見てしまうと、どうしても気になってしまうのだ。

それはさておき、私がこの『日本競馬論序説』を今さら読もうと思ったのは、パドックの馬の見方について読みたかったから。

私の競馬歴はもうウン十年になるけれど、競馬予想の基本は血統。特に雑誌『サラブレ』(現在は休刊)の連載「金満血統王国」で知られる王様こと田端到さんの血統論が昔から好きで、『田端到・加藤栄の種牡馬事典』はリニューアル前のパーフェクト種牡馬辞典時代から20年近く愛読している。

 

私の競馬予想参考書『田端到・加藤栄の種牡馬事典』・『王様・田端到...
おすすめの競馬本『田端到・加藤栄の種牡馬事典 2018-19』、『王様・田端到の「マジか!」の血統馬券術』について書いています。

 

パドックに興味を持ったことも何度かあるけれど、パドックでどんなにチャカついていようが、発汗していようが、あるいは馬っ気を出していようが関係なく勝つ馬もいるし、そもそも私にはパドックの馬を見るセンスがないと思っているので、私の競馬予想に占めるパドックの割合は低かった。

しかし、昨年のある日、グリーンチャンネルで午前中の未勝利戦のパドックを見ていて、それこそ勘なのだけど、ある馬がすごく良く見えた。どのレースの何という馬だったのか覚えていないけど、たしか前走2桁着順でダートからの芝替わり、あるいはその逆の馬で全くの人気薄だった。その馬が勝ったものだから、あれ?もしかして私にはパドックを見る目があるんじゃないかと勘違いして、その後YouTubeでパドックの見方の動画などを観てすっかりハマった。

それで馬券が当たるようになったかというと残念ながらそうではないのだけど、前から読んでみたいと思っていた『日本競馬論序説』にパドックについて書いてあることを思い出したので、今こそ読む時だと思い、手に取った。

ちなみに『日本競馬論序説』の文庫本の帯には「競馬の原点はパドックにあり」とある。

 

山口さんが赤木さんに「何を見たらいいんですか。後肢の踏み込みですか」と聞いていたけど、私がこれまでパドックで注目していたのは、やはり後肢の踏み込みだった。他にはパドックの外、外を大きく回るとか、尾離れがいいとか。

パドックの見方の動画を観て、改めて気にするようになったのが「水平首」。

水平首について、赤木さんの書いた章「競馬をトータルに楽しむ法」の<「気分のよさそうな」馬の掴み方>に次のようにある。

 

首は水平がよい。一見、よく表現されるところの「トボトボ」と歩いているように見られるが、この「トボトボ」とか「うなだれる」といった人間側の表現は、パドックで馬を見るにさいして不必要かつ有害なイメージを与えられるものなので、忘れてしまうことである。
馬は四本足の動物である。心臓と鼻腔を結ぶ首は、空気(呼吸)の流入をよくする意味で、水平であることがのぞましい。

 

なるほどと思い、パドックを見る時は以前に増して水平首に注目している。ただし、私の場合はパドックの馬をナマで見るのではなく、画面を通してしか見ることはできないけれど。

 

再び最初の章「僕の競馬健康法」から、山口さんが競馬場でシェークスピアの権威でもある飯島小平先生に挨拶をした時の話を引用する。

 

先生は、こうも言われる。
「きみ、競馬を十年続けてやるってのは大変なことなんだよ」
この言葉には千鈞の重みがあった。その意味は、何年も競馬をやっていると、どうしても投資額が多くなり、金銭的に辛くなるからである。競馬で損をしなくなるというのも大変なことであるが、忍耐ということでも相当な努力を必要とする、ということだ。

 

山口さんは最終章「僕の馬券戦術」でいきなり「博奕で儲けた人はいない」というテーマで書いている。そして、山口さんがかつて考えた「競馬必勝法」は馬券を買わないことであったと書いているが、私は、それはもっともだと思う。

 

山口さんと赤木さんの対談「パドック党宣言」も興味深い内容だし、パドック以外についても色々と書いてあって、昔の本ではあるけれど、私はとても面白く読んだ。血統やデータは時代によって変わるけれど、パドックの馬の見方は昔も今もそう変わらないから内容が古びないのだろう。

 

山口瞳『草競馬流浪記』(新潮文庫)は、旅行記としても楽しめる私の大好きな本。宝塚記念が終わって、夏のローカル競馬をまったりと楽しみながら、のんびりとした気分で読むのに最適な一冊かもしれない。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
競馬関連本
競馬のある週末
タイトルとURLをコピーしました